仕事始めたら情報整理とか記録の意味で再開するかもしれないし、しないかもしれない。
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「仏陀の生まれ変わり少年」が9カ月ぶりに姿現す=ネパール
2006年12月27日(水)11:15
(時事通信)
【カトマンズ26日】「仏陀の化身」としてあがめられていたネパール人の少年が、同国東部のジャングル地帯で発見された。この少年は3月に、突然姿を消していた。(写真は、瞑想する、仏陀の生まれ変わりとされるボムジャン少年=2005年撮影)
25日に、カトマンズの東約170キロのバラ地区で、住民が「仏陀少年」を見たという話が伝わり、警察が捜索したところ、ピルワのジャングルで少年が木の下に座っているのを発見した。
少年は16歳のラム・バハダール・ボムジャン君。伝えられるところによると、ボムジャン君は同地区で約10カ月間、食物や水を断ち、テンジクボダイジュの下で瞑想していたが、3月に突然、姿を消していた。
多くの人々が連日、瞑想する少年に対してお金や供え物をささげた。しかし、「仏陀少年」の50メートル以内に近づくことは禁止されていた。警察当局は10カ月間も断食をするのは不可能で、少年は村人からお金をだまし取るのに利用されたのではないかとみている。
ボムジャン君は発見された際、人々が集まって騒がしかったため、瞑想の場所から立ち去ったと語ったという。〔AFP=時事〕
ゴッドファーザー・オブ・ソウルことジェイムス・ブラウン、73歳で逝去!
12月25日18時25分配信 notrax
JBといえば通じるほど、世界中のポップミュージックに影響を与えた20世紀最大のスターの一人、 ジェイムス・ブラウン (James Brown)が享年73歳で亡くなった。
アトランタのEmory Crawford Long Hospitalで現地時間の25日月曜日、早朝1時45分ごろに死亡したと、彼の代理人であるFrank Copsidas氏が発表した。24日、肺炎で入院を余儀なくされたJBだが、正確な死因はまだ不明とのこと。入院時には「週末のライブまでには治してツアーを続けるよ」とコメントしていたというが、実際に彼はこれまでも現役としてツアーを続けており、今週はコネチカットのWaterbury、ニュージャージーのEnglewoodとRed Bunkでそれぞれライブを行う予定になっていた。
1933年5月3日生まれの ジェイムス・ブラウン は、1960年代からアメリカのブラックミュージックを代表する存在として活躍。"(Get Up I Feel Like Being a) Sex Machine"、"Cold Sweat"、"Give it up, or Turn it Loose"、"Say it Loud, I'm Black & I'm Proud"、"Please, Please, Please"など多数のヒット曲を持ち、ファンク・ミュージックの創始者として知られている。その音楽の魅力は多様なリズムを重ね合わせ、さらにそれをひたすら反復することによって生み出されるグルーブ感を重視したもので、特にレゲエやヒップホップなどには直接的に、間接的には世界中のポップミュージックに計り知れない影響を与えた人物。
ジェイムス・ブラウンのアーティスト情報はこちら
http://notrax.jp/bands/detail/?aid=00000286
最終更新:12月25日18時43分
「塾は禁止」 教育再生会議で野依座長が強調
2006年12月23日(土)22:57
政府の教育再生会議の野依良治座長(ノーベル化学賞受賞者)が8日に開かれた「規範意識・家族・地域教育再生分科会」(第2分科会)で、「塾の禁止」を繰り返し主張していることが、同会議のホームページに掲載された議事要旨でわかった。しかし、再生会議が21日にまとめた第1次報告の原案には「塾の禁止」は盛り込まれていない。
議事要旨によると、野依氏は「塾はできない子が行くためには必要だが、普通以上の子供は塾禁止にすべきだ。公教育を再生させる代わりに塾禁止とする」と再三にわたって強調。「昔できたことがなぜ今できないのか。我々は塾に行かずにやってきた。塾の商業政策に乗っているのではないか」と訴えた。
JR東海会長の葛西敬之氏は「日本の数学のレベルは学校ではなくて、塾によって維持されている、という面もある」と反論したものの、事務局側は「公教育が再生されれば、自然と塾は競争力を失っていく。結果的になくなる」と同調、国際教養大学長の中嶋嶺雄氏も「野依座長のおっしゃったように塾禁止ぐらいの大きな提言をやらないと」と野依氏に賛同するなどひとしきりの盛り上がりを見せた。
<奈良市>元職員の欠勤期間は15年 解同県連調査
12月18日3時2分配信 毎日新聞
元奈良市職員で部落解放同盟奈良県連役員だった中川昌史被告(42)=懲戒免職、職務強要罪で起訴=の長期欠勤問題で、同県連は17日、欠勤期間が少なくとも15年に及ぶとする独自調査結果を明らかにした。中川被告について、市は過去5年9カ月の出勤日数が8日だったと確認しているが、欠勤はさらに長期間だった可能性が高まった。
奈良市で同日開かれた同県連の会合で、辻本正教書記長が報告した。県連所属で、中川被告の在籍した市環境清美部の複数の職員に事情を聴き「約15年は、ほとんど職場に来ていない」という回答を得たという。
中川被告は82年に奈良市に採用。市の調査で懲戒免職となった今年10月までの最近5年9カ月間に、14の病名で次々と診断書を出し、計34回の休暇と休職を繰り返していたことが判明。だが、以前の勤務状況については記録が残っておらず、判然としていなかった。
県連は年内にも最終見解を公表する方針。来年1月には外部有識者約10人による組織改革委員会を設置する。【中村敦茂】
最終更新:12月18日3時6分
